症例
EFが保たれていても、前向き血流が低いことがある
71歳男性、全人工股関節置換術。LVEF 58% と正常範囲だが、LVOT VTI 13 cm・CO 2.8 L/min は前向き血流の低下を示している。
症例提示
71歳男性、大腿骨頸部骨折後に全人工股関節置換術を予定。既往に高血圧・軽度糖尿病あり。軽度の労作時息切れを自覚しているが、日常生活は自立。術前 TTE 施行。
主要 TTE 所見
LVEF 58%(保存)、LVOT VTI 13 cm(基準値 ≥ 18 cm)、CO 2.8 L/min(基準値 ≥ 4.0 L/min)、E/e' 12(境界域)、TAPSE 2.0 cm(正常)。
ツールの解釈
左室収縮予備能:可能性あり(LVOT VTI < 16 cm かつ CO < 3.5)。充満圧:評価不十分(E/e' 単独)。右心:正常。
なぜ「EF正常=前向き血流は問題ない」とは言えないか
LVEF は「左室が 1 回拍動で何割空になるか」を示す比率です。分子(1 回拍出量)が小さくても、分母(拡張末期容量)が同様に小さければ EF は正常範囲に収まります。小さい LV キャビティ、高頻脈、高後負荷などがその典型です。このケースでは LVEF 58% と正常ですが、LVOT VTI が 13 cm と基準値を大きく下回っており、1 回拍出量そのものが少ないことを示しています。CO 2.8 L/min という数字も、組織への血液供給量が十分でない可能性を示唆します。
術前に「EF 正常」というレポートだけを確認して安心することは、このような患者での見落としにつながります。LVOT VTI と CO を合わせて確認することで、実際の前向き血流の全体像がつかめます。
学びのポイント
- LVEF は駆出分率であり、前向き血流量(CO・1 回拍出量)そのものではない
- LVOT VTI < 18 cm は前向き血流低下の可能性を示す重要なサイン
- 「EF 正常」のレポートを見たとき、CO または LVOT VTI も確認する習慣をつける
術中に意識すること
- 麻酔導入時の血管拡張に注意—前向き血流が低い患者ほど低血圧が深刻になりやすい
- 揮発性麻酔薬の急速な濃度増加や高位脊椎麻酔は前負荷・後負荷を急変させる
- 動脈ラインの早期確保を検討し、低血圧に備えたバソプレッサーを準備する