術中症例

CPB 離脱後の LV ポンプ不全

CABG 後、CPB を離脱したのに血圧が出ない。LV が空なのか、縮まないのか。TEE で LVDd・LVDs を術前と比べながら、5 つのパターンを鑑別する。

術中の状況

67 歳男性、3 枝 CABG(LAD・RCA・LCx)。CPB 離脱直後から血圧が回復しない。ノルアドレナリンを 0.05 → 0.1 μg/kg/min に増量しているが、収縮期血圧は 70〜80 mmHg に留まる。HR 95 bpm。術前 TTE:LVEF 45%、LVDd 58 mm、LVDs 42 mm(前壁収縮軽度低下)。PA カテーテル:PAWP 16 mmHg、PA 圧 40/20 mmHg、CVP 12 mmHg。遮断時間は 82 分。外科医が「TEE を確認してほしい」と言う。

この症例が問うこと

  • LV 腔は小さいか、それとも拡大しているか——今の低血圧は preload 不足か、pump 不全か?
  • LVDd と LVDs は術前 TTE から変化しているか——LVDs が術前より大きく残るなら収縮低下、小さくなっているなら過収縮
  • 新規の RWMA はどの壁に出ているか——CABG 後ならグラフト不全・冠攣縮・空気塞栓が鑑別
  • RV は拡大・収縮低下していないか——CVP 高値 + PA pulse pressure 狭小は RV failure のサイン
  • SAM / LVOTO は本当に主役か——小腔 + 過収縮 + 強心薬増量 + LVOT 加速が揃ったときだけ疑う

TEE で拾う所見

  • LVDd(拡張末期径):術前 58 mm → 今は? 小腔(< 40 mm)なら preload 問題、正常〜拡大(≥ 60 mm)なら pump 不全を示唆
  • LVDs(収縮末期径):術前 42 mm → 今は? 術前より大きく残るなら収縮低下、術前より小さければ過収縮(hyperdynamic)
  • LVEF の印象:高度低下(< 30%)か、中等度低下(30〜50%)か、保たれている(> 50%)か、hyperdynamic か
  • 局所壁運動異常(RWMA):前壁・心尖部(LAD 領域)、下壁・後壁(RCA 領域)、側壁(LCx 領域)——術前 TTE になかった新規かどうかを確認
  • RV:拡大(RV ≥ LV)はあるか、収縮低下はあるか、中隔偏位(D サイン)はあるか
  • MR:新規増悪 or LVOT 加速(Dagger 波形)——SAM の可能性
  • エアーエコー(bright flickering):冠動脈周囲——CPB 後の空気塞栓

上位に来るパターン

5 つのパターンで整理する。実臨床では複合することが多い。 【Volume パターン】LVDd が小さい(術前より腔が縮んでいる)+ LVDs も小さい(hyperdynamic)+ RWMA なし。PAWP が低め(< 12 mmHg)なら支持される。まず輸液。 【LV Pump Failure パターン】LVDd が正常〜拡大 + LVDs が術前より「さらに大きく残る」+ 全体的収縮低下。PAWP ≥ 18 mmHg + CVP 上昇があれば強力な支持。LVEF の絶対値より「術前より LVDs がどれだけ増えたか」が直感的な判断基準になる。強心薬の適応。 【Ischemia / RWMA パターン】術前 TTE になかった新規の局所壁運動異常。前壁・心尖部 → LAD グラフト疑い、下壁 → RCA グラフト・冠攣縮・空気塞栓疑い、側壁 → LCx グラフト疑い。領域がそのまま犯人のヒントになる。外科チームへ即座に伝える。 【RV Failure パターン】RV 拡大 + RV 収縮低下 + 中隔偏位(D サイン)。CVP > 15 mmHg + PA pulse pressure 狭小(PA diastolic ≈ PAWP、RV が仕事をできていないサイン)。LV が動いているのに血圧が出ないとき、RV に目を向ける。 【SAM / LVOTO パターン(落とし穴)】小腔 LV + hyperdynamic + LVOT 加速 + MR 増悪 + 強心薬増量で悪化、という条件が揃って初めて疑う。CABG 後にドーパミン・ドブタミンを増量したとき、または preload が下がりすぎたときに出現する。輸液 + 強心薬中止 + ノルアドレナリンで対処。

よくある見落とし

「Hyperdynamic に見えるから大丈夫」と判断して強心薬を増量する。LV が小腔で過収縮しているとき、これはむしろ preload 不足または SAM への入口。強心薬は SAM を悪化させる。CPB 後の一時的な myocardial stunning と真の pump 不全は、LVDd・LVDs を術前 TTE と比較して初めて区別できる。LVEF の数字だけを見ていると、腔が小さいままで高 EF という「偽 hyperdynamic」を見落とす。

術中の即時アクション

  • 「Hyperdynamic」は安心材料ではない——小腔 + 過収縮 + 低血圧は preload 不足または SAM を疑う最初のサイン
  • LVDd で preload を、LVDs で収縮を見る——術前 TTE との比較なしに CPB 後の変化は判断できない
  • 新規 RWMA が見えたら、その領域(LAD / RCA / LCx)から対応グラフトの問題を疑い、外科チームへすぐに伝える
  • CVP 高値 + PA pulse pressure 狭小 + RV 拡大は RV failure のパターン——LV だけ見ていると見落とす
  • SAM を疑ったら輸液 + 強心薬中止。ノルアドレナリンは使えるが、ドパミン・ドブタミンは LVOTO を悪化させる