術前ABGはいつ必要?麻酔科医の実際の判断

術前ABGはルーチン検査ではない——結果が麻酔計画を変えるときに採取する。採取すべき状況・不要な状況・結果の読み方を整理する。

要点

術前ABGは「結果が管理を変えるとき」に採取する。主な適応は:認識されていない慢性CO₂貯留の疑い、年齢期待値を下回る酸素化、SpO₂だけでは評価できない換気状態。ルーチン採血でのHCO₃⁻上昇、予想外のSpO₂低下、重症肺疾患が主なトリガーになる。

よくある疑問

  • 大手術前はABGをルーチンで採るべき? — いいえ。選択されていない患者へのルーチンABGは管理変更をほとんどもたらさない。特定の臨床的疑問に答えるときに採取する
  • ABGはSpO₂より何を多く教えてくれる? — PaO₂(直接・年齢補正比較可)、PaCO₂(換気の十分性)、HCO₃⁻(慢性CO₂貯留のマーカー)、pH(酸塩基平衡)。SpO₂は換気については何も教えない
  • SpO₂ 正常ならABGは不要? — 常にそうとは限らない。補充酸素中の患者、低換気が疑われる患者、慢性肺疾患患者では、SpO₂ 正常でも臨床的に重要なABG所見がある場合がある

ABGがSpO₂より多くの情報を与える理由

疑問SpO₂ABG
年齢に対して酸素化は適切か?間接的——年齢補正期待PaO₂との比較はできないPaO₂を直接測定。年齢補正比較が可能
CO₂は十分に排出されているか?情報なしPaCO₂が換気の十分性を直接示す
慢性CO₂貯留はあるか?検出不可高PaCO₂ + 高HCO₃⁻ + 正常pHが慢性代償を確認する
酸塩基平衡は正常か?情報なしpHとHCO₃⁻が酸塩基状態を明らかにする
補充酸素が低換気を隠しているか?隠す——SpO₂は正常に見えるPaCO₂が真の換気状態を示す

強い適応——ABGを採取する

  • 室内気SpO₂ < 92%で原因が不明 — PaO₂を直接確認し、慢性CO₂貯留の有無を確認する
  • 慢性CO₂貯留の既知・疑いがある — FEV₁ < 50%pred のCOPD・肥満低換気症候群・神経筋疾患。ベースラインPaCO₂を術前に確認し、術中・術後の目標値として記録しておく
  • ルーチン採血でHCO₃⁻上昇(代謝性原因なし) — 慢性CO₂貯留の生化学的シグナル。待機手術前にABGでPaCO₂を確認する
  • 肺疾患患者での上腹部・胸部大手術 — ガス交換と換気状態のベースラインが術後管理計画に直結する
  • 呼吸管理目的のICU入室が計画されている — 術後解釈の基準点としてベースラインABGが必要

検討する状況——採取で管理が変わる可能性がある

  • SpO₂ 92〜95%で原因が明確でない — 境界域の酸素化が意味のあるPaO₂低下や低換気を反映している可能性がある
  • 高度肥満(BMI > 40)で日中の眠気・いびきがある — 肥満低換気症候群は過小診断されている。HCO₃⁻とPaCO₂を確認する
  • 自宅でNIV(CPAP/BiPAP)を使用している患者 — 現在のベースラインを確認する。特にアドヒアランスが不確かな場合
  • 代償不全が疑われる呼吸状態 — 労作時呼吸困難の増悪・運動耐容能低下・新たな酸素需要

通常は不要な状況

  • SpO₂ ≥ 96%で肺疾患のない健常患者 — ルーチンABGは有用な情報を追加しない
  • 軽微・体表手術 — リスクと不快感が正当化されない
  • SpO₂ 低下だが原因が確立・管理済み — 安定した治療中心不全でSpO₂ 93%(ベースライン)が確認されている場合など、臨床像が明確ならABGが管理を変えないことがある

ルーチン採血でのHCO₃⁻上昇はトリガー

術前採血でHCO₃⁻が28〜35 mEq/Lを示し、利尿薬・嘔吐など代謝性アルカローシスの原因がない場合は、慢性CO₂貯留の生化学的サインだ。ABGを採取してPaCO₂を確認し、術前にベースラインを把握する。症状がなくても、この所見だけで以前は認識されていなかったOHS患者の麻酔計画が変わったケースがある。

術前ABGの結果から何をするか

所見対応
PaO₂が年齢期待値内、PaCO₂ 35〜45、pH正常特別な修正は不要。ベースラインとして記録する
PaO₂が年齢期待値を下回る、PaCO₂ 正常酸素化障害の原因を精査する。ARISCATリスクを評価する。術後モニタリング強化を計画する
PaCO₂ > 45、HCO₃⁻ > 26、pH正常(慢性代償)このPaCO₂を術中換気の目標値として記録する。ICU/HDU入室を計画する。術後NIVを早期に再開する
PaCO₂ > 45、pH < 7.35(急性・非代償性)待機手術を延期する。原因を特定・治療する。最適化後にABGを再測定する
HCO₃⁻ > 26、PaCO₂ 未測定全項目ABGに進む。ベースラインPaCO₂を確認せずに大手術を進めない

臨床でよくある落とし穴

  • 「SpO₂ 正常だからABGは不要」——低換気が疑われる患者や補充酸素中の患者では、SpO₂は偽の安心感を与える。ABGが答える問い——CO₂は上昇しているか——にSpO₂は答えられない
  • 「COPDだが安定しているのでABGは省略」——安定していることは心強いが、ベースラインPaCO₂は確立されない。それなしでは術中・術後の換気目標が推測になる
  • 「必要なら術中にABGを採る」——麻酔覚醒時に認識されていない慢性CO₂貯留を発見することは、術前に把握しているより格段に難しい
  • 「ルーチン採血が正常だから追加検査は不要」——ルーチン採血には動脈pHもPaCO₂も含まれない。換気の問いに直接答えられるのはABGだけだ