症例

重症 AS が見つかったら:次に考えるべきこと

術前外来で重症 AS が確認された。AVA や Vmax をもう一度計算することではない。この患者が今の状態で非心臓手術に進んでよいのか、誰と相談すべきかを判断することが次のステップ。

症例提示

78歳男性。重症大動脈弁狭窄(AS)の診断あり(AVA 0.7 cm²、Vmax 4.2 m/s)。待機的な人工股関節置換術の予定。重症 AS として術前評価を依頼された。どう進めるか?

労作時の息切れあり(NYHA II)。失神歴・胸痛歴なし。HR 74、BP 134/78。最近の心エコーで LVEF 58%。

このページを使う場面

重症 AS がすでに判明しており、非心臓手術をどう進めるかを考えたいとき。AS の重症度を再評価するためのページではない——それは AS 専門ツールが担う。このページは、重症 AS が周術期計画に何を意味するかを学ぶためのページ。

重症 AS の診断が済んだあとに問うべきこと

結論

術前に重症 AS が確認されたとき、再び AVA や Vmax を計算し直す必要はない。問うべきは、この患者が今の状態で非心臓手術に進んでよいのかであり、そして誰と相談すべきかを判断することが最初のステップである。

重症 AS は心臓弁膜症として診断された後に、周術期の文脈ではまったく異なる問いを生む。その問いとは「弁は重症か」ではなく、「今の患者の状態でこの手術を安全に行えるか」である。この評価は症状・手術緊急性・弁治療の必要性・多職種計画という4つの柱で構成される。

まず確認するのは症状

結論

重症 AS で最も重要な情報の一つは症状。症候性重症 AS は無症候性重症 AS とはまったく異なる問題であり、対応が変わる。

  • 息切れ(労作時・安静時)
  • 胸痛(労作時狭心症)
  • 失神または失神前症状
  • 活動能力の低下

この患者は NYHA II の労作時息切れを有する。失神や胸痛はないが、「症候性重症 AS」として扱う可能性がある。症候性か無症候性かが、次のステップを決める最初の分岐点になる。

その手術は待てるか

結論

待機手術と緊急手術では戦略が大きく異なる。緊急性の高さが、弁治療を先行させるかどうかを左右することが多い。

  • 待機手術 → まず弁治療の適応を評価し、その後に手術時期を決める
  • 緊急手術 → 弁治療を待てない。周術期管理を最適化して進む

先に弁治療を考えるべきか

結論

症候性重症 AS では、TAVI または SAVR が非心臓手術より先に必要になることがある。問うべきは「麻酔科が対応できるか」ではなく、「弁治療後の方が患者は安全か」である。

弁治療の適応評価・TAVI と SAVR の選択・ハートチームによる判断については、AS 専門ツールを参照。このページは周術期の意思決定に特化している。

LVEF 正常は安心材料か

結論

LVEF 58% は収縮機能が保たれていることを示す。しかし、それは重症 AS が安全であることを意味しない。正常な駆出率は重症弁狭窄のリスクを中和しない。

重症 AS のある患者では、弁の狭窄により心拍出量が固定されやすい。LVEF が保たれているということは収縮機能が正常であることを意味するが、前負荷・後負荷変化に対する余裕が乏しく、術中の血圧低下リスクが高い。LVEF は弁狭窄の重症度とは独立した情報であり、1 つが良好でも他方のリスクは変わらない。

誰と相談するか

結論

重症 AS は麻酔科だけで完結する問題ではない。誰をこの議論に参加させるかを決めることが、最初の最重要ステップかもしれない。

  • 循環器科:弁治療の適応評価・周術期管理方針の確認
  • 心臓外科:SAVR の適応検討・手術リスク評価
  • 整形外科(今回の術者):手術の緊急性・時期の調整
  • 麻酔科:術中・術後の循環動態管理計画

議論すべき内容は、手術の時期・弁治療の必要性・モニタリング戦略・術後管理先(ICU か一般病棟か)である。

この判断の根拠

ACC/AHA 2021 Guideline for the Management of Patients With Valvular Heart Disease / ESC 2022「非心臓手術における心血管評価と管理ガイドライン」/ JCS/JSEC 2020「弁膜症治療のガイドライン」

症候性重症 AS(NYHA II、LVEF 保持)。どう進める?

  1. 1.

    最初の問いは「弁が重症か」ではなく「弁治療が先か、手術が先か」。多職種での議論が必須。

  2. 2.

    LVEF 正常は重症 AS のリスクを中和しない。固定された心拍出量のまま周術期の侵襲を受けることになる。

  3. 3.

    緊急手術では時間的余裕がない。弁治療なしで進む戦略は、麻酔科・循環器科との個別協議が必要。

教育的要点

  • 重症 AS ではまず症状を確認する。症候性と無症候性では対応がまったく異なる。
  • 症候性重症 AS は特別な意味を持つ。弁治療が非心臓手術より先に必要になることがある。
  • 待機手術か緊急手術かで戦略は変わる。緊急性の高さが管理方針の最初の分岐点になることが多い。
  • LVEF 正常でも重症 AS のリスクは消えない。収縮機能の保持は弁狭窄のリスクを中和しない。
  • 重要なのは診断ではなく意思決定。誰をこの議論に参加させるかを決めることが最初のステップかもしれない。