階段で息切れする患者:本当に活動能力は十分か?
「普通に生活しています」という言葉の裏に、運動耐容能の低下が隠れていることがある。症状から機能的制限へ、そして客観的評価への思考の流れを学ぶ。
症例提示
68歳男性。待機的な大腸手術の予定。術前外来での問診で「最近、階段を昇ると息切れがする」との訴えあり。術前外来のスタッフから「歩けているので大丈夫そうです」という申し送りがあった。この患者の活動能力は十分か?
心疾患の診断歴なし。BMI 27。2型糖尿病(内服加療中)。安静時 SpO₂ 96%、HR 82、BP 138/86。心電図に明らかな所見なし。
このページを使う場面
ナビゲーターで FC が「低下の可能性」と評価されたとき。問診で息切れがあるが心疾患の診断歴がないとき。「歩けている」という情報だけでは判断できないと感じたとき。
「普通に生活しています」は、十分な活動能力の証明ではない
結論
術前外来で最もよく聞く言葉の一つが「普通に生活しています」である。しかし、普通に生活できていることと、十分な活動能力があることは同じではない。この症例では、「歩けている」という印象の裏に隠れた運動耐容能低下を評価する。
課題は「息切れを見つけること」ではない。課題は「その息切れが心臓の予備能低下を反映しているかどうかを判断すること」である。そのためには、症状の有無から一歩踏み込み、どの活動で症状が出るかを具体的に確認する必要がある。
活動能力を明らかにする問診の視点
「運動していますか」という漠然とした質問より、具体的な動作を確認する質問が有用。次の質問が活動能力の評価を助ける。
- 何階まで続けて上れるか? 途中で休むか?
- 坂道は避けているか?
- 買い物袋を持って歩けるか?
- 急いで横断歩道を渡れるか?
- 以前はできたことが、最近できにくくなったことはないか?
これらは制限と回避を探る質問である。「歩いています」という答えが返ってくる質問ではなく、「坂は遠回りします」「最近は荷物を持たないようにしています」という答えが引き出される質問を使う。
なぜ 4 METs が分岐点なのか
結論
4 METs は「日常生活レベルの活動を問題なくこなせるか」の目安。4 METs 未満だから危険という意味ではなく、追加のリスク評価を検討するシグナルとして使う。
以下の活動は、おおよそ 4 METs に相当する。
- 1 階分の階段を休まず上る
- 速歩(約 6 km/h)で平地を歩く
- 軽い坂道を歩く
- 買い物袋を持って歩く
この患者は「階段で息切れがある」と述べている。この情報だけでは 4 METs を下回るかどうかはまだ不明だが、具体的な問診で確認すべき重要なシグナルである。4 METs 未満と判断された場合、BNP 測定や追加評価を検討する。
DASI を使うべき場面
結論
この症例では、「息切れがある」という主観的情報だけでは十分でない。活動能力が曖昧な場合、DASI(Duke Activity Status Index)を用いて定量化する価値がある。
DASI は12項目の構造化問診票で、推定 METs を算出する。主観的評価より再現性が高く、評価者によるばらつきが少ない。METS 試験(Lancet 2018)では、主観的 METs 評価よりも DASI の方が術後転帰との関連が強かった。活動能力が曖昧な患者では、DASI の活用を検討する。
評価の流れ
- ① 活動能力を再評価する:具体的な問診で制限・回避パターンを確認
- ② 活動能力が曖昧な場合は DASI で定量化する
- ③ RCRI 因子を確認する:DM・CKD・IHD・HF・脳卒中既往
- ④ BNP/NT-proBNP の測定を検討する(FC 低下が確認された場合)
- ⑤ 必要に応じて心エコーや循環器科評価を計画する
この判断の根拠
ACC/AHA 2014 Guideline on Perioperative Cardiovascular Evaluation(functional capacity assessment section)/ METS trial, Lancet 2018(DASI vs subjective METs in predicting postoperative cardiac outcomes)/ JCS 2022「非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン」
階段で息切れ、でも「歩けている」。どう評価する?
- 1.
「息切れがある」という情報から「どの程度の活動で症状が出るか」へ踏み込む。定量化することで次のステップが明確になる。
- 2.
息切れを加齢で片付ける前に、活動制限のパターンを確認する。運動耐容能の低下は独立したリスク因子として評価される。
- 3.
FC 評価と BNP は補完し合う。まず活動能力を定量化してから BNP を組み合わせると、全体像が見えやすい。
教育的要点
- 「歩けている」は活動能力の証明ではない。坂を避ける・階段で休む——これらの行動変容を意識的に確認する。
- 息切れの有無だけでなく、どの活動で症状が出るかが重要。具体的な動作を確認する質問を使う。
- 4 METs 未満は追加評価を考えるシグナル。手術中止の根拠ではなく、リスク層別化の出発点として使う。
- DASI は曖昧な活動能力を定量化できる。METS 試験では、主観的評価より術後転帰との関連が強かった。
- 活動能力評価は術前心血管評価の中心的要素。症状から機能的制限へ、そして客観的評価へと思考を進める。
次の臨床的問い
BNP を測定したところ高値だった。次に何を確認するか?
症例:術前 BNP 高値 →続けて学ぶ
術前 BNP 高値:何かがおかしい ― そのサインをどう読むか
BNP 250 pg/mL。これは心不全の診断ではない。心負荷が存在する可能性を知らせるシグナルである。原因を探ることが次のステップ。
PCI後だから危険なのではない ― 冠動脈疾患が今どういう状態かを考える
PCI 既往がある患者を見たとき、最初に確認すべきは「抗血小板薬をどうするか」ではない。冠動脈疾患が現在も安定しているかどうかが、まず問うべき問いである。
重症 AS が見つかったら:次に考えるべきこと
術前外来で重症 AS が確認された。AVA や Vmax をもう一度計算することではない。この患者が今の状態で非心臓手術に進んでよいのか、誰と相談すべきかを判断することが次のステップ。