元気そうな患者ほど危ない? RCRI が教えてくれる見えないリスク
RCRI = 3、でも元気そう。FC 良好という印象がリスクを見えにくくする。この症例では、見た目に騙されない評価の考え方を学ぶ。
症例提示
整形外科から「本人は元気そうで問題なさそうです」という申し送りで紹介された 72 歳男性。待機的人工股関節置換術の術前評価を依頼された。どう評価するか?
2 型糖尿病(インスリン加療中)、CKD(Cr 1.8 mg/dL)、虚血性心疾患既往(5 年前に PCI、現在は無症状)。「毎日 30 分ほど犬の散歩に行っている。階段も普通に使える」とのこと。HR 74、BP 136/80、SpO₂ 97%、心電図:洞調律、陳旧性変化あり。
このページを使う場面
RCRI ≥ 3 だが FC は良好で、そのまま進めてよいか判断に迷ったとき。「元気そうだから大丈夫」という印象に引っ張られそうなとき。
「元気そうだから大丈夫」は術前評価で最も危険な判断パターンの一つ
結論
患者が元気に見えることと、周術期リスクが低いことは同じではない。良好な活動能力はリスク因子を消すことはできない。この症例では、良好な FC の裏に隠れた統計学的リスクをどう扱うかを考える。
この患者は毎日犬の散歩をしており、階段も問題なく使える。無症状である。多くの医師はここで安心してしまう。しかし RCRI は 3(虚血性心疾患・インスリン治療中の糖尿病・慢性腎臓病)であり、これは約 10% の MACE 発生リスクに相当する。見た目の元気さと、統計的なリスク負荷は、別々のことを語っている。
FC と RCRI は何を見ているのか
結論
FC は「現在どれだけ動けるか」を示す。RCRI は「どれだけ心臓イベントが起きやすいか」の統計的リスクを示す。この 2 つは競合しない——両方とも正しい可能性がある。
FC 良好でも RCRI 高値は十分あり得る。これは矛盾ではなく、2 つの異なる次元の情報が共存しているだけである。FC が良好であることは「手術を進めてよい」という根拠になるが、「通常の準備でよい」という根拠にはならない。RCRI は FC では見えない、独立した統計的リスク負荷を示している。
Proceed with Awareness とは何か
結論
Proceed with Awareness とは「何もせずに進む」という意味ではない。「リスクを理解した上で、管理を強化して進む」という意味である。
RCRI ≥ 3 でも FC adequate なら手術を進める判断はできる。ただし「慎重に進める」の内容を具体化することが重要。周術期の心臓イベントを見逃さないために、次のことを計画する。
- 術後の心電図監視・トロポニン測定の計画
- 腎機能フォロー(CKD 既往のため術後 AKI リスクを考慮)
- 循環動態の積極的管理(血圧・心拍数の目標設定)
- 糖尿病の周術期血糖管理計画
- 循環器科・外科・麻酔科によるリスク情報の事前共有
見た目に騙されない
人は目の前の印象を重視する傾向がある。「元気そう」「歩けている」「無症状」——これらの情報は安心材料になりやすい。しかし、周術期リスクは見た目では分からない。良好な活動能力は「現在うまく機能している」ことを示すが、リスク因子の存在を打ち消すことはできない。見た目の安心感が評価を止めるとき、リスクは見落とされる。
確認すべきこと
- ① PCI 後の経過:最終評価時期・現在の心機能・スペント状態
- ② 現在の抗血小板薬:種類・中断リスク・手術との調整
- ③ CKD の重症度:eGFR・術後 AKI リスクの評価
- ④ 糖尿病の管理状況:HbA1c・低血糖リスク・周術期血糖管理計画
- ⑤ 術後監視計画:心電図・トロポニン・腎機能のモニタリング頻度
この判断の根拠
ACC/AHA 2014 Guideline on Perioperative Cardiovascular Evaluation(RCRI section)/ JCS 2022「非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン」/ Devereaux PJ et al. POISE trial, NEJM 2008
RCRI = 3 だが元気に歩けている。どう進める?
- 1.
Proceed with Awareness の意味。「進む」判断は変えずに「どう進むか」を変える。
- 2.
「歩けるから大丈夫」は典型的な見落としパターン。RCRI = 3 の統計リスクは FC の印象とは独立して存在する。
- 3.
FC adequate かつ active condition なしであれば、追加精査の明確な根拠は乏しい。RCRI 高値 = 即延期ではない。
教育的要点
- FC は現在の機能状態を示す。RCRI は統計学的リスクを示す。2 つは別の次元の情報であり、矛盾しない。
- FC 良好でも RCRI 高値は存在する。良好な見た目はリスクを打ち消さない。
- 「元気そうだから大丈夫」は術前評価で最も危険な判断パターンの一つ。見た目の安心感が評価を止めるとき、リスクは見落とされる。
- Proceed with Awareness とは管理を強化して進むこと。術後モニタリング計画・チーム共有・循環動態管理を具体化する。
- 目標は「進めるかどうか」ではなく「どう進めば安全か」を決めること。
次の臨床的問い
この患者には虚血性心疾患の既往(PCI 後)があります。術前に何を確認し、どう管理するか?
症例:虚血性心疾患の既往がある患者 →続けて学ぶ
階段で息切れする患者:本当に活動能力は十分か?
「普通に生活しています」という言葉の裏に、運動耐容能の低下が隠れていることがある。症状から機能的制限へ、そして客観的評価への思考の流れを学ぶ。
術前 BNP 高値:何かがおかしい ― そのサインをどう読むか
BNP 250 pg/mL。これは心不全の診断ではない。心負荷が存在する可能性を知らせるシグナルである。原因を探ることが次のステップ。
PCI後だから危険なのではない ― 冠動脈疾患が今どういう状態かを考える
PCI 既往がある患者を見たとき、最初に確認すべきは「抗血小板薬をどうするか」ではない。冠動脈疾患が現在も安定しているかどうかが、まず問うべき問いである。