術前の心不全:代償性か非代償性か
心不全は単一のリスクラベルではない。術前に問うべきは、いま代償されているか、それとも非代償化しているか。その判断が、手術を進めるか・術前に最適化するか・術後管理をどう変えるかを決める。
要点まとめ
- 心不全は一つのリスク区分ではない。術前に問うべきは、いま代償されているか非代償化しているかである。
- 非代償性心不全は見逃してはいけない状態である。待機手術では、進めるのではなく手術前に最適化するのが原則となる。
- LVEF だけでリスクは決まらない。うっ血を伴う HFpEF は低 EF の HFrEF と同程度に危険でありうる。駆出率の数値より、現在のうっ血と最近の悪化のほうが重要である。
- 見逃してはいけない所見はうっ血の徴候である:起坐呼吸、下腿浮腫、頸静脈怒張、肺うっ血、そして最近の増悪。
- BNP / NT-proBNP と TTE は判断を補強するが、ベッドサイドの問いは変わらない——この患者は安全に手術を進められるだけ代償されているか。
このページを使う場面
既知または疑いのある心不全患者が非心臓手術を予定しているとき。手術を進めるか、手術前に最適化するか、術後モニタリングを変えるかを判断したいとき。反射的に駆出率だけを見て止まってしまいがちなとき。
代償性か非代償性かが、手術の進め方を決める
結論
心不全は単一のリスクラベルではない。周術期判断を変えるのは、いま代償されているか非代償化しているかである。代償されている患者は適切な配慮のもとで進められることが多い。非代償化している患者は見逃してはいけない状態を示しており、待機手術は通常、最適化されるまで待つ。
心不全という診断・駆出率・内服リストは、いずれも慢性の病態を表すものであり、術前の問いに直接答えるものではない。判断すべきは、この患者がいま、この手術を前にして、手術侵襲に耐えるだけの心血管予備能を持っているかである。それは、ラベルや過去の外来での数値よりも、現在の代償状態にはるかに強く依存する。
「非代償」とはベッドサイドで何を意味するか
結論
非代償化は、カルテからではなく臨床的に見抜くものである。うっ血と最近の悪化を探す——これらは待機手術を許可する前に見逃してはいけない所見である。
- 起坐呼吸または発作性夜間呼吸困難
- 新規または増悪する下腿浮腫
- 頸静脈怒張(JVP の上昇)
- 身体所見または画像での肺うっ血
- 最近の増悪・入院・利尿薬の増量
- ここ数週間での明らかな運動耐容能の低下
これらのいずれかがあれば、現在は代償されていない可能性を示す。なかでも最近の増悪は重要である。数週間前に心不全で入院した患者は、今日の診察が一見落ち着いて見えても、1年間安定している患者と同じリスクではない。
HFrEF と HFpEF——なぜ LVEF だけでは不十分か
結論
駆出率が正常でも低リスクとは限らない。うっ血を伴う HFpEF(駆出率の保たれた心不全)は、周術期には HFrEF(駆出率の低下した心不全)と同程度に危険でありうる。保たれた LVEF を、うっ血の所見より優先してはいけない。
HFrEF(低 LVEF)と HFpEF(保たれた LVEF)は異なる病態だが、いずれも過負荷で破綻する。HFpEF では硬くなった心室が容量変化に乏しく耐え、駆出率が保たれていても手術中の容量・圧変化のなかで肺水腫を防いではくれない。ここでは安心させる数値こそが落とし穴になる。判断は、LVEF 単独ではなく、患者がうっ血しているか・代償されているかに基づくべきである。
心不全が見逃してはいけない状態になる場面
結論
非代償性心不全は、手術計画を変更すべき所見の一つである。待機手術の前にこれがあれば、進めて耐えられることを期待するのではなく、まず手術前に最適化するのが原則である。
見逃してはいけない状態は、術前心血管評価の最初のフィルターである。非代償性または新規の心不全は、不安定な冠動脈疾患・強く注意すべき不整脈・症状を伴う重症弁膜症とともにこの群に入る。待機手術では、非代償化を見抜いたら方針を最適化へ、必要に応じて循環器への相談へと切り替える。緊急手術では病態を完全に整えてからとはいかない——焦点は、周術期を通じて非代償化をどう管理するかに移る。
BNP / NT-proBNP と TTE が判断を変える場面
BNP / NT-proBNP は、活動能力がはっきりしないときや臨床像があいまいなときに評価を補強しうる——高値はうっ血の疑いを強める所見となる。あくまでベッドサイドの像に合致するシグナルとして読むものであり、単独の診断としては扱わない。詳細なカットオフと注意点は BNP 記事に譲る。TTE は、新規または増悪する症状を説明したいとき、心室機能を確認したいとき、併存する弁膜症を評価したいときに有用である——重症度基準と解釈は Echo Education に譲る。ベッドサイドの問いは変わらない——この患者は手術を進められるだけ代償されているか。
活動能力と心不全
活動能力は、心不全においてベッドサイドで最も有用な指標の一つである。呼吸困難なく 4 METs を維持できる患者は実際の予備能を示している。階段を上らなくなった、わずかな労作で息切れする患者は、カルテの内容にかかわらず非代償化を示しているかもしれない。問診がはっきりしないときは、DASI が臨床的印象だけより再現性のある推定を与える。
待機手術の前に最適化すべきこと
- うっ血を治療する:待機手術の前に容量状態と利尿薬を最適化する
- ガイドラインに基づく薬物療法が導入され、適切に継続されているか確認する
- 非代償化の可逆的な引き金(虚血・不整脈・感染・服薬不良)を見つけて対応する
- 非代償化している・新規診断・最適化に反応しないときは循環器に相談する
- 代償されたら再評価する——安定したベースラインに戻ってから進める
術後モニタリング
心不全は、術前の可否判断と同じくらい術後計画を変える。重症または最近非代償化した心不全の患者は容量変化に耐えにくく、慎重な容量管理とより高いレベルのモニタリングが有用である。心不全が重症のとき、最近非代償化したとき、侵襲の大きい手術と重なるときは、ICU または step-down への入室を検討する。術後の経路は、過負荷の最初の徴候が出てからではなく、手術前に計画しておく。
よくある誤り
- ✗ LVEF だけでリスクを判断する(保たれた EF は危険なうっ血を否定しない)
- ✗ 安定というラベルを安定した患者と取り違える(最近の増悪はリスクを変える)
- ✗ 非代償化した患者で待機手術を進める(まず手術前に最適化する)
- ✗ 術後の容量・モニタリング計画を忘れる(リスクは導入で終わらない)
この判断の根拠
ACC/AHA 2024 非心臓手術の周術期心血管管理ガイドライン(心不全・見逃してはいけない状態)/ ESC 2022 非心臓手術を受ける患者の心血管評価・管理ガイドライン/ JCS 2022 非心臓手術における周術期心血管評価ガイドライン
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